1817年のイタリア馬車旅行

1817年刊フランス語版イタリア旅行ガイドブック(Vallardi, Itinéraire d'Italie, Milan, 1817)の翻訳を通じて、19世紀初めのイタリア馬車旅ルートを辿る

[フィレンツェ~ローマ②]シエナ

*XIV. VOYAGE (pp. 90-92)

 

魅惑的な丘陵に囲まれた山の頂上にあるトスカーナの名高い町シエナは、5マイル周囲の星形の中にかつて10万人の人口を有したが、今日では1万6~7千人を数えるのみである。町は火山の上に建てられたように見え、かなり頻繁に地震を経験している。1798年にも地震によって主要な建物が被害を受けた。

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ドゥオモ(筆者撮影)

ドゥオモゴシック建築であるものの、そのジャンルのものとしては完璧で、中も外もすべて大理石の彫刻で覆われている。ジョヴァンニ・ピサーノの設計により開始され、シエナ人建築家アゴティーノとアーニョロによって1333年に完成したファサードの前には、2本の斑岩の柱がある。聖水盤はギリシャの美しい作品である。説教壇はアフリカの大理石からなり、殊に階段の浮彫が見事である。一部モザイク、一部彫刻による床はドメニコ・ベッカフーミらによって制作された。中央の身廊は教皇の胸像で飾られている。うまく設計されたキージ礼拝堂*1では、ベルニーニによる聖マグダラのマリアと聖ヒエロニムスの素晴らしい像、やや傷んでいるカルロ・マラッタの2点の絵、クーポラを支える8本の古代の緑色柱を見ることができる。この教会では他にもベルニーニ、ドナテッロ、マッツォーリ、ヴェッキエッティ、ミケランジェロの彫刻、カラブレー*2トレヴィザン*3サリンベーニ及びペルジーノの美しい絵、またアンブロージョ・ロレンツェッティとヴェンチューラ・サリンベーニのフレスコ画が注目される。ピントゥリッキオの美しいフレスコ画で装飾された教会付属の図書室なる部屋では、三美神をかたどった白大理石の古代彫刻群が注目される。

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左:ドゥオモの床モザイク(筆者撮影) 右:キージ礼拝堂 ベルニーニ作の聖ヒエロニムス像 (Wikimedia / Sailko)
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左:ミケランジェロによる4聖人の像があるピッコローミニ祭壇 右:ピントゥリッキオによるピッコローミニ図書室フレスコ画(筆者撮影)

俗にマンジャの塔と呼ばれるシニョリーア宮*4の塔は、アーニョロとアゴティーノの設計により1325年に建てられ、非常に高くて細い。この塔の上からはラディコファーニまで広がるとても美しい景色を楽しむことができる。

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マンジャの塔からの眺め(筆者撮影)

この町のいたるところにゴシック及び近代の趣味で建てられた大建築がみとめられる。市民劇場はビッビエーナの設計、トロメイ学院はすべて石造りの美しい建築である。アゴティー修道院では、ロマネッリ、カルロ・マラッタ、ピエトロ・ペルジーノの絵で飾られた、ヴァンヴィテッリの建築による素晴らしい教会を見ることができる。シエナの他の教会にある美しい絵画も見落としてはならない。とりわけ、病院*5教会、サン・マルティーノ教会、サン・プロヴェンツァーノ教会*6、サン・クイリコ教会、カルミネ教会、そして市外のカマルドリ教会の絵画である。ドメニコ修道院ではグイド・ダ・シエナの1221年の板絵*7が見られる。外国人には聖カテリーナとソチーニ家*8の家を見せてくれる。

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左:サン・タゴスティーノ教会 ペルジーノ《キリスト磔刑》 右:サン・ドメニコ教会 グイド・ダ・シエナ《聖母子》

シエナの道は真っ直ぐでなく、地面は起伏が多い。広場*9はひとつしかなく、貝の形に作られていて、噴水で飾られ、プッブリコ宮に面している。プッブリコ宮にはロレンツェッティ、メンミ、タッデオ・バルトリ*10、ベッカフーミ、マルティー*11、バルトロメオ・ダ・シエナ*12、スピネッロ・ダレッツォ*13の非常に古いフレスコ画、またソドマ、ルカ・ジョルダーノ、ヴァンニの作品がある。

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左:マンジャの塔から見たカンポ広場 右:プッブリコ宮 シモーネ・マルティーニ《マエスタ》(筆者撮影)
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左:タッデオ・ディ・バルトロ《聖母の生涯》 右:シエナの路地(筆者撮影)


シエナにはひとつの大学、いくつかの文学アカデミー、フィジオクリティックと呼ばれ有名な論文を輩出している物理学・自然史アカデミー、そして図書館と美術館がひとつずつある。

 

シエナ人は親しみやすく、機知に富み、最も優美なトスカーナ語を優しく話す。女性は美しく、機知も優美さも欠けていない。この地には温泉がたくさんある。

 

田園地帯はアルビア台地を除き、石灰岩のせいでそれほど肥沃ではない。山地には鉱山、大理石の採石場、温泉が多数ある。

*1:原文にはGhigiとあるがChigiの誤り。

*2:マッティア・プレーティ?

*3:不明。

*4:プッブリコ宮(市庁舎)のこと。

*5:サンタ・マリア・デッラ・スカラ救済院のこと。

*6:サンタ・マリア・ディ・プロヴェンツァーノ教会のこと。

*7:後年のフランス人によるイタリア旅行記では「ビザンティン絵画の斜めで固い表現を既に有さない…チマブーエよりも前の、最も古いイタリア絵画」と紹介されている(Valery, Voyages historiques et littéraires en Italie pendant les années 1826, 1827 et 1828, ou L'indicateur italien, T. 4, Paris, 1833, p. 282.)。現在は様式から1270年代のものと推定され、聖母とキリストの顔は14世紀にドゥッチョ風に塗り直されたことがわかっている。

*8:Soccini。16世紀シエナ出身の自由思想家・神学者ユニテリアン主義に影響を及ぼしたレリオとファウスト・ソッツィーニ(Sozzini)の一族を指すか。

*9:カンポ広場。

*10:タッデオ・ディ・バルトロ。

*11:シモーネ・マルティーニ。

*12:マルティーノ・ディ・バルトロメオ

*13:スピネッロ・アレティーノ。